日本メンサに入会した

日本メンサに入会 雑談

日本メンサに入会した。

こう書くと、何か大きな達成を報告しているようにも見えるけれど、自分の感覚としては、少し違う。
うれしさがないわけではない。ただ、それ以上に、自分の中に昔からあった「考え方の癖」や「人との噛み合い方」を、あらためて見つめるきっかけになった、という感覚のほうが近い。

受けたきっかけ

きっかけは、珍しく話が合うと感じていた、かつての仕事仲間が日本メンサのテストに合格したと聞いたことだった。

その人とは、会話のテンポや、ものごとの捉え方にどこか近いものを感じていた。
話していて、変に説明を重ねなくても伝わる感じがあった。こちらがまだ全部を言い切っていなくても、先の意図を自然に拾ってくれる。逆に相手の話も、無理なく頭に入ってくる。

そういう相手は多くない。
だからこそ、「あの人がそうなら、自分も受けてみようかな」と思った。

強い憧れがあったというより、「自分の感覚にひとつの輪郭がつくかもしれない」という気持ちのほうが大きかったと思う。

昔からあった、自分の考え方の癖

自分では昔から、結論に行くまでが短いほうだと思っている。

何かを聞かれたとき、頭の中ではいくつかの前提を飛び越えて、かなり早い段階で答えの形が見えてしまうことがある。
自分の中では筋道が通っている。けれど、その途中を省いたまま話してしまうので、相手からすると「急に結論だけ出てきた」ように見えることがある。

その結果、説明不足だと思われる。
あるいは、雑に話しているように受け取られる。
自分としては雑にしているつもりはなくて、むしろ頭の中ではいろいろつながっているのだけれど、その“つながっている部分”を言葉にして外へ出す工程が足りていないのだと思う。

これは長所でもあり、同時にやっかいさでもある。

話が早い、判断が早い、要点を掴みやすい。
そういう形で役に立つこともある。
でも、相手と共有すべき前提まで飛ばしてしまえば、伝わらない。伝わらないだけならまだよくて、雑だとか冷たいとか、場合によっては独りよがりに見えることもある。

最近は、そのズレを前より強く感じることが増えた。

「話が合う」は、思っていたより貴重だった

だから、珍しく話が合う相手に出会うと、そのこと自体がかなり印象に残る。

別に、すべての意見が一致する必要はない。
ただ、会話の進み方が自然だとか、「そこはもう説明しなくて大丈夫」という感覚が一致すると、それだけでかなり楽になる。

普段、自分は無意識のうちに、相手に合わせるための説明を頭の中で付け足しているのだと思う。
どこから話せば伝わるか、どの順番なら引っかからないか、どこを省くと誤解されるか。そういうことを考えながら話している。

それ自体は必要なことだし、社会の中で生きる以上、当然の調整でもある。
でも、その調整が少なくて済む相手と話すと、ずいぶん楽だと感じる。
自分が“そのままの速度”で考えて話しても、会話が乱れないからだと思う。

今回、入会を決めた理由も、そこに近い。
肩書きがほしかったというより、そういう感覚を持つ人たちがいる場所に、一度身を置いてみたくなった。

合格そのものより、入ってみようと思ったことのほうが大きい

合格したこと自体は、もちろんひとつの出来事ではある。
でも、自分の中では、それがすべてではない。

むしろ大きかったのは、「入ってみよう」と思ったことのほうだった。

これまでの自分は、何かに所属することそのものには、あまり積極的ではなかった気がする。
肩書きや看板で自分を説明することにも、そこまで関心がなかった。
それでも今回は、少し違った。

たぶん、自分にとってこれは「自分はこういう人間です」と外に示したい気持ちというより、「自分に近い感覚の人は本当にいるのだろうか」と確かめてみたい気持ちなのだと思う。

それは少し、外向きの承認欲求とは違う。
どちらかといえば、自分の内側の違和感に対して、別の見方を与えたい感覚に近い。

今まで、うまく噛み合わない会話や、説明不足だと思われる場面に出会うたびに、「自分が悪いのだろう」と単純に片づけていたところがあった。
もちろん改善できる部分はあるし、伝え方は磨いたほうがいい。
でも一方で、そもそもの考え方の速度や、情報のつなぎ方の癖が少し違うだけなのかもしれない、とも思うようになった。

その仮説を、少し現実の中で確かめてみたい。

何かが急に変わるわけではないけれど

メンサに入会したからといって、急に人生が変わるわけではないと思う。
会話が全部楽になるわけでもないし、自分の短所が消えるわけでもない。

結論に早くたどり着く癖があるなら、そのぶん丁寧に言葉を補う努力はこれからも必要だろう。
伝わらないときに苛立つのではなく、「何を飛ばしたのか」を自分で見直す必要もある。

ただ、今までより少しだけ、自分の癖を乱暴に否定しなくてよくなる気がしている。
直すべきところは直すとしても、それを「欠陥」と決めつけるのではなく、「そういう特性があって、その扱い方を覚えていく」と捉えられるかもしれない。

それだけでも、自分にとっては意味がある。

これから少し楽しみなこと

今いちばん楽しみなのは、どんな人がいるのかを知ることだ。

話してみたら、やっぱり全然違うかもしれない。
逆に、驚くほど自然に会話が進む相手がいるかもしれない。
どちらにしても、自分の感覚を知る材料にはなりそうだと思っている。

入会はゴールではなくて、たぶん入口なのだろう。
何かを証明するためというより、自分の輪郭をもう少し丁寧に知るための入口。

そんな気持ちで、これから少しずつ関わってみたいと思う。

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