日本の民事裁判は、長く「紙の世界」でした。訴状は紙で提出し、証拠も紙でまとめ、訴訟記録を確認するには裁判所へ出向くのが基本でした。
しかし現在は、裁判所自身が「民事裁判手続のデジタル化」を明確に打ち出しており、令和8年(2026年)5月21日から、改正民事訴訟法等の下で民事訴訟手続が全面的にデジタル化される予定です。
この記事では、裁判のIT化について、実務でよく目にする
mints / e事件管理 / e法廷(ウェブ会議による期日参加)
を中心に、いつ始まり、どこまで進み、今後どうなっていくのかを整理します。
裁判IT化の全体像は「3つのe」で見ると分かりやすい
民事裁判手続のデジタル化は、実務的には次の3本柱で理解すると分かりやすいです。
1つ目は、e提出。
訴状や準備書面、証拠などをオンラインで提出する仕組みです。改正民訴法等の下では、誰でも裁判所のシステムを通じてオンライン手続を行えるようになり、弁護士などの訴訟代理人等にはオンライン利用が義務化されます。
2つ目は、e事件管理・e記録管理。
裁判所側で事件情報や訴訟記録を電子的に管理し、提出された書面や判決書、調書などをデータとして扱う基盤です。利用者側から見えるのは「オンライン提出」「オンライン閲覧」ですが、その裏側では裁判所内部の事件管理システムが動いています。
3つ目は、e法廷、つまりウェブ会議による期日参加です。
争点整理手続や口頭弁論に、オンラインで参加できる仕組みが段階的に広がっています。
mintsとは何か。いつから始まり、いつ本格化するのか
mints は、正式には 民事裁判書類電子提出システム です。
現行民訴法132条の10等に基づき、裁判書類をオンラインで提出するための仕組みとして案内されています。現時点で対象となるのは、準備書面、書証の写し、証拠説明書など、現行法上ファクシミリ提出が許容されている種類の書類です。また、利用できるのは、双方に訴訟代理人がいて、双方の訴訟代理人がmintsの利用を希望する事件です。
mintsの先行運用は、令和4年(2022年)6月28日から知的財産高等裁判所で始まりました。知財高裁の案内でも、この日からmintsによる提出が可能になったことが明記されています。
そしてmintsは、単なる試験運用で終わるものではありません。
裁判所の公式案内では、令和8年(2026年)5月21日から、民事裁判手続をオンラインで行うためのシステムとしてmintsを位置付けています。さらに、裁判所は2026年5月21日施行の規則類や細則の中で、mintsのアカウント取得や電子提出データのファイル形式なども定めています。つまりmintsは、2026年5月の全面デジタル化に向けた中核システムとして整備されているわけです。
実務感として大事なのは、mintsは「今すぐすべての民事手続を完全オンライン化するシステム」ではなく、先行運用を経て本格施行につながる橋渡しの仕組みだという点です。2026年5月21日以降に提起される事件では、訴状提出や送達、記録の電子化なども含めて、より本格的なオンライン運用へ進んでいく見込みです。
e事件管理はいつ導入され、どこまで開発されているのか
e事件管理 は、主に裁判所職員が使う内部システムです。
そのためmintsほど表に出ていませんが、最高裁の公募公告資料から、かなり具体的な開発経緯が分かります。
その資料によると、民事訴訟手続のデジタル化に対応するためのシステム開発は段階的に進められており、第1次開発は令和4年(2022年)4月開始でした。ここで、裁判所職員が利用する事件情報の管理機能や、関連システムとの外部連携機能などを有する e事件管理システム「RoootS」 が開発され、令和6年(2024年)5月に完成したとされています。
続いて、第2次開発は令和5年(2023年)4月開始です。
ここでは、国民が必要書面を電子提出するための e提出システム と、訴訟記録等を電子的に閲覧できる e記録管理システム の設計・開発が進められています。資料ではこれを TreeeS 開発 としています。さらに、令和5年(2023年)12月からは、RoootS と TreeeS の連携のための e事件管理システム改修 も進行中とされています。
今後の見込みも、公表資料からある程度読めます。
2025年の公募公告では、民事向けに開発してきた e事件管理システム・e提出・e記録管理システム を、今後は家事事件手続や人事訴訟手続等のデジタル化にも対応させる改修を行う方針が示されています。つまり、e事件管理は民事だけの一時的な仕組みではなく、裁判所全体のデジタル基盤へ広がっていく見込みです。
e法廷はいつ始まり、どのソフトを使っているのか
「e法廷」という言葉は通称ですが、実務上は
ウェブ会議を利用した争点整理手続 と
ウェブ会議による口頭弁論期日
に分けて考えると分かりやすいです。
まず、争点整理手続のウェブ化は比較的早く始まっています。
札幌地裁の資料によると、令和2年(2020年)2月から札幌地裁を含む8地裁本庁と知財高裁で運用を開始し、令和2年(2020年)12月までに全国50地裁本庁すべてで利用可能になりました。これは、争点整理などの準備的な期日について、全国レベルでオンライン対応が進んだことを意味します。
使用ソフトは、Microsoft Teams です。
札幌地裁の資料でも、ウェブ会議には Microsoft Teams を利用すると明記されています。また、知財高裁の案内でも、現在のウェブ会議には Teams というアプリケーションを使っていると案内されています。
一方、口頭弁論そのものをウェブ会議で実施できるようになったのは、令和6年(2024年)3月1日からです。知財高裁の案内でも、この日から「ウェブ会議の方法による口頭弁論期日も実施することができるようになりました」と説明されています。ここが大きな節目です。2020年から進んでいたのは主に争点整理などの準備手続であり、法廷本体にオンライン参加が広がったのは2024年3月からということになります。
今後の予定はどうなっているのか
今後の最大の節目は、やはり 令和8年(2026年)5月21日 です。
裁判所はこの日を、民事裁判手続デジタル化の本格施行日として繰り返し案内しています。この施行後は、訴状等のオンライン提出、システム送達、訴訟記録の電子化、オンライン閲覧などが一体として動き始めます。
さらに、公表資料を見る限り、民事で開発してきたシステム群は今後、家事事件や人事訴訟手続等へも横展開されていく見込みです。したがって裁判IT化は、単に民事訴訟の利便性向上にとどまらず、裁判所の事件処理全体を電子化する大きな流れに入っていると見てよさそうです。
ここまでを整理すると
裁判のIT化は、もう「これから検討する段階」ではありません。
mints は2022年6月28日から先行運用、争点整理のウェブ会議は2020年2月から開始、ウェブ口頭弁論は2024年3月1日開始、そして全面デジタル化は2026年5月21日施行という流れで、かなり具体的に進んでいます。さらに裏側では、e事件管理が2022年4月から開発開始、2024年5月に第1次開発が完成し、その後もe提出・e記録管理との連携改修や、家事・人事分野への展開が予定されています。
つまり、裁判所側のデジタル化はかなり具体的な日付とシステム名を伴って進んでいます。
そして次に問われるのは、法律事務所側がその変化にどう追いつくかです。提出書面をどう管理するか、証拠PDFをどう整理するか、案件をどう見える化するか。裁判所がデジタル化すればするほど、事務所側の業務基盤にも変化が求められるはずです。
参考リンク
- 裁判所「民事裁判手続のデジタル化」
https://www.courts.go.jp/saiban/minjidejitaruka/index.html - 裁判所「民事裁判手続のデジタル化とは?改正民訴法等で変わる民事訴訟手続の概要」
https://www.courts.go.jp/saiban/minjidejitaruka/minso_gaiyou/index.html - 裁判所「民事裁判書類電子提出システム(mints)について」
https://www.courts.go.jp/saiban/online/mints/index.html - 知的財産高等裁判所「民事裁判書類電子提出システム(mints)」
https://www.courts.go.jp/ip/tetuduki/mints/index.html - 知的財産高等裁判所「ウェブ会議」
https://www.courts.go.jp/ip/tetuduki/webkaigi/index.html - 裁判所「民事訴訟フェーズ3に向けた準備の手引」PDF
https://www.courts.go.jp/assets/071031_f3jyunbi_tebiki.pdf - 裁判所「家事事件手続等のデジタル化に伴うe事件管理システム・e提出・e記録管理システムの改修等業務一式」公募公告 PDF
https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2025/R70702koukoku.pdf

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